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東京高等裁判所 昭和60年(う)761号 判決

本籍

東京都目黒区下目黒一丁目五番

住居

同 都同 区下目黒一丁目五番一九号

京王目黒マンシヨン四〇七号

会社役員

三浦正久

昭和八年三月一一日生

右の者に対する有印私文書偽造、公正証書原本不実記載・同行使、所得税法違反、偽造有印私文書行使被告事件について、昭和六〇年三月二七日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官土屋真一出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中二五〇日を原判決の本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人篠原由宏名義の控訴趣意書及び補充書並びに被告人本人名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官土屋真一名義の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  被告人本人の控訴趣意第二点(法令適用の誤りの主張)のうち預り金と所得とを混同したと主張する点及び弁護人の補充書第一の一、二、四(法令適用の誤り、審理不尽の主張)について

所論は、1 被告人が昭和五八年に津島テル子(以下、テル子という。)らから受領した一億五〇〇〇万円は、脱税工作のための調査費用、工作費用、口止め料等の必要経費を含んだ実質預り金であつて、被告人としてはテル子らとの間で諸経費を精算したうえ報酬の額につき合意して初めて被告人の所得となるべきものであるのに、原判決はこれを看過し、右合意の存否及びそれが昭和五八年中にあつたか否かについて十分審理することなく、右金額全額を昭和五八年分の収入とし、かつ、被告人が主張した必要経費を全く認めなかつたのは違法である、2 被告人は、本件犯行の発覚により所期の脱税の目的を達することができなかつたので、その報酬の一部をテル子らに返還することになつたところ、所得税法六四条一項によれば収入金額のうち返還すべきこととなつた金額は当該所得の計算上なかつたものとみなされるはずであるのに、原判決は、この点につき審理を尽さず、前記税法の適用を誤つた違法がある、というのである。

まず、所論1について検討するに、関係証拠によると、被告人がテル子から受領した一億二〇〇〇万円及び櫻井恆雄(以下、櫻井という。)から受領した三〇〇〇万円は、いずれもその全額が原判示の脱税工作の謝礼であると認められ、所論のような預り金とはいえない。また、原判決は、被告人の昭和五八年分の雑所得につき被告人の主張した必要経費を一切認めなかつたわけではなく、合計二〇四六万一九〇円の必要経費を認めている(原判決は、このほか四九三六万九五〇〇円の雑損控除を認めている。)ことは、原判決別紙(六)の被告人分の修正損益計算書(自昭和五八年一月一日至昭和五八年一二月三一日)によつて明らかである。

次に、所論2について検討するに、所得税法六四条一項は、「その年分の各種所得の金額(事業所得の金額を除く。以下の項において同じ。)の計算の基礎となる収入金額若しくは総収入金額(不動産所得又は山林所得を生ずべき事業から生じたものを除く。以下この項において同じ。)の全部若しくは一部を回収することができないこととなつた場合又は政令で定める事由により当該収入金額若しくは総収入金額の全部若しくは一部を返還すべきこととなつた場合には、政令で定めるところにより、当該各種所得の金額の合計額のうち、その回収することができないこととなつた金額又は返還すべきこととなつた金額対応する部分の金額は、当該各種所得の金額の計算上、なかつたものとみなす。」と規定し、所得税法施行令一八〇条一項は「法第六十四条第一項(資産の譲渡代金が回収不能となつた場合等の所得計算の特例)に規定する政令で定める事由は、電話設備の拡充に係る電話交換方式の自動化の実施に伴い退職する者に対する特別措置に関する法律(昭和三十九年法律第百三十九号)第三条(特別給付金の支給)の規定による特別の給付金の支給を受けた者(その支給を受けるべき者を含む。)が同法第五条(特別給付金の返還等)の規定に該当することとなつたことその他これに類する事由とする。」旨規定しているところ、所論のような場合は、所得税法施行令一八〇条一項所定の「電話設備の拡充に係る電話交換方式の自動化の実施に伴い退職する者に対する特別措置法第三条の規定による特別給付金の支給を受けた者が同法第五条の規定に該当することとなつた場合」でないことは勿論、「その他これに類する事由」にもあたらないから、所論のような事実があつたとしても、所得の計算上なかつたものとみなすことができないことは明らかである。

結局、原判決には所論のような法令適用の誤りも審理不尽もない。論旨は理由がない。

二  被告人本人の控訴趣意第二点(法令適用の誤りの主張)のうちその余の点、同第三点(事実誤認の主張)、同第五点(事実誤認の主張)並びに弁護人の控訴趣意第一(事実誤認、審理不尽の主張)及び同補充書第一の三(法令適用の誤り、審理不尽の主張)、同第二(法令適用の誤りの主張)について

所論は、原判示第一の三の被告人の昭和五八年分の所得にかかる所得税法違反の事実につき、被告人の同年分の雑所得及び控除項目としての経費又は雑損の認定にあたり、原判決には、次のとおり、事実誤認、審理不尽又は法令の解釈・適用の誤りがあり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。すなわち、1 原判決は、昭和五八年三月三〇日被告人がテル子所有の額面合計一億二万円の預金小切手二通を現金化した際受け取つた割引料は、日歩八厘の割引率で三日分として計算した二四二万円であると認定しているが、原判決が右認定の根拠とした被告人の検察官に対する昭和五九年一〇月四日付供述調書(以下、検察官に対する供述調書を検面調書という。)は、被告の原審公判廷における供述(以下、原審供述という。)に比し信用できず、被告人の原審供述通り日歩八厘の割合で計算した一日分八二万円と認めるべきである。少なくとも原審においては右の点について審理が尽されていない。2 原判決は、被告人が、津島己喜蔵(以下、己喜蔵という。)及び櫻井の各昭和五七年分の不動産の譲渡にかかる所得税の脱税工作の仕事を仲介した大森誠造を被告人に紹介した河田信幸(以下、信幸という。)に支払つた手数料を同人の原審供述をもとに三〇〇万円と認定しているが、その額は余りにも少額であつて右供述は信用性に乏しく、被告人が一貫して供述するように八〇〇万円と認めるべきである。3 原判決は、被告人が、(ア)櫻井に対し昭和五八年中に油絵等の贈り物をしたり、同人を銀座のクラブ等で接待したりして支出した合計四二〇万円、(イ)昭和五八年八月に被告人の事務所の転居及び家具備品等の購入の費用として支出した合計一三七万円を、(ア)については専ら個人的な贈答品及び遊興飲食であり、(イ)についても被告人の生活上の出費であるとして必要経費と認めなかつたが、(ア)については接待交際費ないし雑費等の経費と認めるべきであり、(イ)についても被告人が事務所を構え、家具備品等を購入して事務所の態勢を整えることは本件脱税工作において必要なことであつたから、単純に被告人の住居の変更ないし維持に伴う生活上の出費ということはできない。4 原判決は、被告人の、(ア)信幸に対する一〇〇〇万円の貸金債権、(イ)西新宿物産株式会社に対する六五〇万円の貸金債権、(ウ)被告人の昭和五九年一二月二七日付目黒税務署長宛異議申立補正申立書添付の一覧表(其の1)(以下、単に一覧表という。)番号1、同4、同6及び7、同9ないし13、同18の各債権について、昭和五八年分の資産損失としての必要経費算入を認めなかつたが、(a)信幸に対する貸付金額は原判決認定のように五〇〇万円ではなく一〇〇〇万円と認めるべきであり、さらに信幸は被告人のみならず、サラ金等からも多額の借金をしており、これらの借金から逃げ回つていたこと、同人の唯一の資産であるマンシヨンは合計一一五〇万円の借金の担保となつていたこと等から、同人に右一〇〇〇万円の借金を返済する能力が全くなかつたことは明らかである。(b)原判決は、西新宿物産株式会社が昭和五八年七月一三日ころ不渡手形を出して営業を停止する状態になつたため、以後同社に対する債権の回収が困難な状況となつたことを認定しながら、被告人が同社に対し昭和五九年五月三一日に内容証明郵便として督促状を発して弁済を催告しており、右時点においてもなお被告人が取り立てようとしていたこと、被告人と同社代表者との関係、被告人の同社に対する関与の状況、右貸金の性質に照らし、昭和五八年中において全く回収不能の状態に陥つたとは認められないとしているが、少なくとも、会社が不渡手形を出せば、その事実だけで法人税法基本通達九-六-五の(1)のホにより債権額の五〇パーセントを債権償却特別勘定を設定して損金処理できるはずであり、西新宿物産株式会社は昭和五八年中に不渡手形を出したばかりでなく、営業を停止し、事実上の倒産となつていたことは明らかであり、同社に被告人に対する借金の返済能力はなかつた。(c)一覧表記載の各債権につき、原判決は、右各債権につき被告人の主張する発生原因は古くかつ特殊なものであり、民事判決等によつて勘定した金額を超える部分については被告人が債権を有するとは認められないとしたうえ、いずれもその貸倒れを否認しているが、これは被告人の提出した民事判決書・和解調書・支払命令書等について吟味することなく、これらを積極的に否定するに足りる確たる証拠もないのに、十分な審理を尽すことなく、被告人に対する予断と偏見から一方的に右のように断定している。一覧表番号1、4、6、7、9ないし13及び18の各債権はいずれも昭和五八年中に回収不能となつたものである。なお、一覧表番号7の丸藤興業株式会社及び櫛引藤司に対する債権四五万円並びに一覧表番号12の株式会社丸富及び菊池正敏に対する債権三〇〇万円と、中野勘一に対する債権は全く別個であり、右中野が長田政俊に五〇〇万円を交付したことが、被告人の右二つの債権の消滅とならないことは明らかである。また、中野と長田の間の民事裁判において、中野勝訴の判決が確定し、中野が交付した五〇〇万円が再び長田から中野に返還されているから、被告人の右二つの債権が存在することは明らかであり、これが昭和五八年中に回収不能となつたものである、というのである。

そこで、記録及び証拠物を精査し、当審における事実取調べの結果を加えて、所論に対し順次検討を加える。

1  受取割引料について

関係証拠によれば、昭和五八年三月三〇日被告人がテル子所有の額面合計一億二万円の預金小切手二通を現金化した際、割引料を差し引いたあとの現金はテル子に引き渡された後、即日八千代信用金庫久米川支店の職員に預けられたが、その預り金額は九七二〇万円であつたことが同職員作成のメモによつて明らかにされているところ、被告人は、査察及び捜査の初期の段階では、小切手の額面額と右預り金額との差額である二八二万円又は二百数十万円の割引料を受け取つた旨供述していたが、昭和五九年一〇月四日付検面調書において受取割引料は日歩八厘の計算で三日分の二四二万円である旨明確に供述し、櫻井の同日付検面調書謄本及びテル子の同年八月六日付検面調書謄本もこれと符合しているのであつて、これらの証拠を総合すれば、被告人が受け取つたテル子の預金小切手の割引料の額は日歩八厘の割合で計算した三日分二四二万円であるとした原判決の認定は正当であると認められる。

2  信幸に対する支払手数料について

関係証拠によれば、被告人が、己喜蔵及び櫻井の各昭和五七年分の所得税の脱税工作の仕事を仲介した大森誠造を被告人に紹介した信幸に支払つた手数料は三〇〇万円であるとした原判決の認定は正当であると認められる。被告人のために信幸がした事は、当時同人が勤務していた栄青写真の経営者の大森誠造を被告人に紹介しただけであるから、謝礼が三〇〇万円では少なすぎるとは考えられない。所論は、原判決がその認定の基礎とした信幸の原審供述は、受取手数料を少なく借金を多くした方が自己の税務対策上有利である等の理由から虚偽の供述をしたもので、信用できないと主張するが、信幸が供述するように、被告人から受領した八〇〇万円のうち三〇〇万円が手数料で五〇〇万円が借金であるとすれば、同人は三〇〇万円の収入に対する税金を支払うとともに五〇〇万円を被告人に返済しなければならないのであるから、八〇〇万円の収入に対する税金を支払うよりも同人に不利益であることは明らかであるから、所論のように信幸が税金対策等の理由から虚偽の供述をしているとは考えられない。

3  その他の経費の主張について

まず、被告人が櫻井に対し油絵等の贈り物をしたり同人を銀座のクラブ等で接待したりして支出したと主張する合計四二〇万円については、関係証拠によれば、これらの支出は専ら個人的な贈答品及び遊興飲食に充てられたもので家事費に外ならず、必要経費とは認められないとした原判決の判断は正当であると認められる。

次に、所論のいわゆる事務所の転居及び家具備品等の購入費用合計一三七万円については、関係証拠特に被告人の昭和五九年一〇月四日付検面調書によれば、これらの費用は被告人が内妻であつた河田エイのアパートを出て目黒にアパートを借りた際の運送料などとその時家具一切を購入した費用であると認められるから、専ら被告人の住居の変更ないし維持に伴う生活上の出費であつて家事費に外ならず、必要経費とは認められないとした原判決の判断は正当である。

4  信幸に対する貸金債権の貸倒れの主張について

関係証拠によると、信幸は東京都大田区蒲田五丁目四五番地一に床面積二六・四九平方メートルのマンシヨン一戸を所有しており、右マンシヨンは信幸が昭和五八年七月に一一五〇万円で購入したものであること、昭和五八年当時所論の主張するように一一五〇万円もの抵当権が設定されていた事実はなく、昭和五八年末現在で極度額七〇〇万円の根抵当権が設定されていただけであること、信幸は昭和五九年六月二九日に株式会社東京住宅ローンから右マンシヨンを担保に六五〇万円を借り入れており、昭和五九年六月の時点でなおそれだけの借入能力があつたこと、被告人は信幸に対する本件貸金を取り立てるべく、信幸及び河田エイ(信幸の母で連帯債務者)に対し支払命令を申し立て、債務者からの異議申立により通常訴訟に移行(東京地方裁判所昭和六〇年(ワ)第四一九一号)した後、昭和六〇年七月二二日、信幸らは被告人に対し連帯して七〇〇万円の債務があることを確認し、うち一〇〇万円を昭和六〇年九月から昭和六九年一二月まで分割して支払うこと等を内容とする和解が成立したことが認められ、これらの事実を考え合わせると、被告人の信幸に対する貸金債権が昭和五八年中に回収不能になつたとは到底認められない。なお、所論は、被告人の信幸に対する貸金債権の額は一〇〇〇万円であるとし、これを五〇〇万円と認定した原判決の事実誤認をいうが、被告人の信幸に対する貸金債権が昭和五八年中に回収不能となつたものは認められない以上、右貸金の額如何は被告人の昭和五八年分の所得の計算に影響を及ぼさない。

5  西新宿物産株式会社に対する債権の貸倒れの主張について

関係証拠によると、被告人は西新宿物産株式会社(代表取締役海谷侑宏)に対し貸金等で合計六五〇万円の債権を有していること、同社は昭和五八年七月一三日ころ不渡手形を出して営業を停止するに至つたため、被告人の同社に対する債権の回収が困難となつたことは認められるが、一方、同証拠によると、被告人の同社に対する債権についてはその全てについて同社代表取締役海谷侑宏の個人保証があること、右債権のうち二五〇万円分については海谷侑宏の兄海谷有孝が連帯保証をしていること、海谷侑宏は将来右債務の支払いをする意思があること、被告人は昭和五九年五月三一日内容証明郵便で同社に対して督促状を出し弁済を催告しており、同社に対する債権を取り立てる意思があることが認められるのであつて、これらの事実並びに被告人の同社及び海谷侑宏との関係を考え合わせると、被告人の同社に対する六五〇万円の貸金等の債権が昭和五八年中に回収不能となつたものとは認められない。

6  一覧表番号1、4、6、7、9ないし13及び18の各債権の貸倒れの主張について

(ア)  一覧表番号1の債権について

関係証拠によると、一覧表番号1の株式会社高原牧場に対する債権は、同社提供の不動産に抵当権を設定し抵当証券の発行を受けるという契約の違約金等を請求原因とするものであるが、被告人が訴を提起した昭和五五年には同社は事実上倒産状態にあつたこと、被告人は裁判で勝つても全額回収できるかどうか疑問があつたので印紙代を節約するため一〇〇万円の内金二〇万円のみを請求し、昭和五八年一月一三日請求認容の判決があつたこと、被告人は右判決を債務名義として同月二七日動産執行をした (差押物の評価額二一万八〇〇〇円、同年二月三日追加差押、差押物の評価額二万円)が、同年五月二五日その執行の申立を取り下げたことが認められる。右認定の事実によると、被告人の株式会社高原牧場に対する債権は、被告人が訴を提起した昭和五五年当時から回収の困難な債権であつたと認められるが、昭和五八年中に被告人が債務者に対し債務免除の意思表示をした等の事実も認められないので、昭和五八年中に回収不能になつたとは認められない。

(イ)  一覧表番号4の債権について

一覧表番号4の尾崎恭彦に対する債権につき、原判決は債務者である尾崎恭彦が昭和五五年九月一一日死亡し、相続人である尾崎克典(原判決に彦坂克典とあるのは誤記と認める。)に続き、同彦坂悦子の相続放棄の申述が昭和五六年五月一八日に家庭裁判所で受理されたことにより全相続人が相続を放棄し、債務を承継する者がいなくなつたため、右時点で回収不能になつた旨認定しているが、関係証拠によると、昭和五五年九月一一日死亡した尾崎恭彦には尾崎克典、尾崎智子、尾崎京子、彦坂悦子の四人の相続人があつたこと、尾崎智子、尾崎京子、彦坂悦子の三名は名古屋家庭裁判所豊橋支部に相続放棄の申述をし、尾崎智子、尾崎京子については同月二九日、彦坂悦子については昭和五六年五月一八日受理されたこと、尾崎克典が相続放棄をした事実はないことが認められるから、尾崎恭彦の債務は相続人の尾崎克典に承継されたものといわねばならず、尾崎克典が相続放棄をし、尾崎恭彦の全相続人が相続を放棄し、債務を承継する者がいなくなつたことにより、被告人の尾崎恭彦に対する債権はその時点で回収不能となつたとする原判決は、事実を誤認したものというべきである。

しかし、当審において取り調べた大蔵事務官作成の査察報告書によると、尾崎克典は昭和五五年当時から財産皆無であること、同人は昭和五五年三月交通事故にあい同年八月まで入院し、同年一二月再度入院して手術を受けていること、昭和五六年五月現在同人は運転助手として稼働し月収約一二万円を得ているところ、同人の生活費は家賃約四万円、食費五万円ないし六万円であること、同人は本件以外に尾崎恭彦にかゝる昭和五二、三年分の入場税本税六五万八八〇〇円及びその延滞税の各債務を承継していることが認められるのであつて、被告人の尾崎恭彦に対する債権については、尾崎克典がその債務を承継した時点から回収のかなり困難なものであつたと認められるが、昭和五八年中に格別の変化があつたわけではないから、被告人の右債権が同年中に回収不能になつたものとは認められない。

そうすると、原判決が一覧表番号4の債権につき昭和五八年中に貸倒れになつたものとは認められないとした点は正当であるから、結局原判決の前記事実誤認は判決に影響を及ぼさない。

(ウ)  一覧表番号6の債権について

関係証拠によると、一覧表番号6の大洋ラジカル株式会社に対する債権は、その後債権による代物弁済がなされたことによつて消滅したとする原判決の認定は正当であると認められる。(なお、後記(キ)参照)

(エ)  一覧表番号7及び12の各債権について

原判決は、一覧表番号7の丸藤興業株式会社及び櫛引藤司に対する債権並びに番号12の株式会社丸富及び菊池正敏に対する債権は、いずれも、被告人から中野雅央を介して青野勘一に交付された五〇〇万円に関連するものであるが、押収してある訴訟記録等(昭和五九年押第一四三八号の19)中の東京地方裁判所昭和五六年(ワ)第一一〇一六号事件判決書によれば、右五〇〇万円は、長田政俊が被告人に交付したもので、長田から請求された中野が五〇〇万円を長田に支払つていることが認められるから、被告人には右五〇〇万円の交付に関連して貸倒れを認めるべき債権がない旨認定しているのであるが、証拠上、長田が被告人に五〇〇万円を交付した原因関係も、中野がどのような事情から長田に五〇〇万円を支払つたのかも明らかではないから、原判決が、中野が長田に五〇〇万円を支払つていることから一覧表番号7及び12の各債権の存在自体を否定しているのはいささか早計であるといわなければならない。さらに、当審で取り調べた浦和地方裁判所川越支部昭和五二年(ウ)第一八五号事件及び東京高等裁判所(ネ)第九七四号事件の各判決書(写)によれば、中野は長田を相手どつて、前記五〇〇万円は長田が中野を脅迫して喝取したものであるとして不法行為による損害賠償として五〇〇万円の支払いを求める訴を提起し、昭和五四年三月二九日浦和地方裁判所川越支部で原告全部勝訴の判決があり、長田から控訴を申し立てたが同年一二月一一日東京高等裁判所で控訴棄却の判決があつたことが認められ、この事実をも考え合わせると、一覧表番号7及び12の各債権につき被告人には貸倒れの対象となる債権はない旨認定した原判決は事実を誤認したものというべきである。

しかし、関係証拠によると、一覧表番号7の株式会社丸藤興業及び櫛引藤司に対する債権については、被告人は右債権を取り立てるべく、昭和五七年二月一二日青森市新町の櫛引藤司方で動産執行をし(差押物の評価額六万円)、昭和五八年六月一五日小林利治に右債権の回収方を依頼して委任状を発行し、同月二〇日内金五万円の支払を受けていることが認められ、その後昭和五八年中に格別の変化があつた訳ではないから、右債権が昭和五八年中に回収不能になつたものとは認められない。また、同証拠によると、一覧表番号12の株式会社丸富及び菊池正敏に対する債権については、右債権につき欠席判決で請求認容判決のあつた昭和五六年には株式会社丸富は倒産しており、同社の代表者である菊池正敏の所在も不明であつたから、右債権はその当時から回収の困難な債権であつたこと、被告人は昭和六〇年四月一七日クラフトジヤパン株式会社(旧商号株式会社丸富)につき強制執行したが執行不能となつたことが認められるけれども、昭和五八年中に格別の変化があつたわけではないから、右債権も昭和五八年中に回収不能となつたものとは認められない。

そうすると、原判決が一覧表番号7及び12の各債権につき、昭和五八年中に回収不能となつたから貸倒れとして損金に算入されるべきであるとの被告人側の主張を排斥しその損金算入を認めなかつたのは正当であるから、結局、前記原判決の事実誤認は判決に影響を及ぼさない。

(オ)  一覧表番号9の債権について

関係証拠によると、一覧表番号9の長嶌史朗に対する債権については、昭和五六年二月二五日五万五〇〇〇円、同年三月二三日三万円、同年四月二三日二万円、同年五月二〇日一万五〇〇〇円、同年六月五日一万円の弁済を受けているほか、昭和五八年二月三日債務者方で動産執行をした(差押物の評価額六万二〇〇〇円)が、被告人が右執行申立を取り下げたため同年七月一一日執行が取り消された事実が認められるが、昭和五八年中に被告人が債務者に対し債務免除の意思表示した等の事実も認められないので、右債権が昭和五八年中に回収不能になつたとは認められない。

(カ)  一覧表番号10、11の債権について

関係証拠によると、一覧表番号10、11の田島勇次に対する債権については、昭和五六年六月二〇日一七万円、昭和五七年九月一日五万円、昭和五七年一一月一七日五万円の弁済を受けているほか、昭和五四年七月二四日有体動産競売により七万一五二円が元本に充当されていること、昭和五六年六月三日債務者方で動産執行(差押物の評価額二九万二〇〇〇円が)、昭和五七年一月一一日債権差押(金額五万円)が、それぞれされていることが認められる。なお、被告人は当審公判廷において、被告人は、昭和五八年五、六月ころ渋谷駅前の喫茶店で田島勇次と会い五万円の返済を受けたが、その際もう支払えないので勘弁して欲しいと頼まれ、一覧表10、11の債権及び当時執行申立をしていた別口の債権につきいずれも債務を免除し、間もなく前記執行申立を取り下げた旨供述しているところ、当審で取り調べた東京地方裁判所八王子支部執行官作成の回答書によると、被告人は田島勇次に対する別口の債権につき動産執行の申立をしていたが、昭和五八年一一月三〇日その執行申立を取り下げたものの、昭和六〇年八月三日同一の債権につき再度執行の申立をしている事実が認められるから、昭和五八年五、六月ころ、一覧表番号10、11の債権及び当時執行申立をしていた別口の債権につき債務免除をした旨の被告人の当審供述は信用できない。

そして、前記認定の事実によると、一覧表番号10、11の田島勇次に対する債権についても昭和五八年中に回収不能なつたものとは認められない。

(キ)  一覧表番号13の債権について

関係証拠によると、一覧表番号13の株式会社アコスインターナシヨナルは、一覧表番号6の大洋ラジカル株式会社が山和通商株式会社と商号変更し、これが更に商号変更したものであること、大洋ラジカル株式会社は昭和五三年ころ倒産し、差押えのできる財産は何もないこと、山和通商株式会社、株式会社アコスインターナシヨナルはいずれも登記簿上存在するだけで実体のない会社であることが認められるから、一覧表番号13の債権は、一五〇万円の請求を認容した判決の当時(昭和五七年二月二二日宣告)から回収の困難な債権であつたことは認められるが、昭和五八年中に格別の変化があつたわけではないから、昭和五八年中に回収不能になつたとは認められない。

(ク)  一覧表番号18の債権について

関係証拠によれば、一覧表番号18の佐藤に対する債権についても、昭和五八年中に回収不能になつたとは認められないとした原判決の認定は正当である。

(ケ)  一覧表記載の債権の額についての事実誤認、審理不尽の主張について

所論は、原判決が一覧表記載の各債権につき、民事判決等によつて確定した金額を超える分については、被告人が債権を有するとは認められないとしているのは、事実誤認、審理不尽であると主張するが、所論がその債権額を争つている一覧表番号1、9、13の各債権が昭和五八年中に回収不能になつたとは認められないことは前記認定の通りであるから、その債権額の如何は被告人の昭和五八年分の所得の計算に影響を及ぼさない。

7  以上のとおりであつて、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認も、審理不尽も、法令適用の誤りもない。論旨は理由がない。

三  被告人本人の控訴趣意第一点(判例違反、又は判例の解釈適用の誤りの主張)について

所論は、原判決は最高裁昭和四九年三月八日第二小法廷判決・民集二八巻二号一八六頁(昭和四九年三月二八日とあるのは誤記と認める。)の趣旨に反するので、原判決には判例違反又は判例の解釈適用の誤りがあるというのであるが、判例違反あるいは判例の解釈適用の誤りの主張はそれ自体適法な控訴理由とならないところ、これを法令適用の誤りの主張と解するにしても、原判決のいかなる判断がいかなる法令の適用を誤つたものであるかを示していないから不適法である。論旨は採用できない。

四  弁護人の控訴趣意第二(量刑不当の主張)及び被告人本人の控訴趣意第四点(量刑不当の主張)について

所論は、いずれも、原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討するに、原判決が被告人に対する量刑の理由につき「量刑の事情」欄に説示するところは、当裁判所もおおむねこれを正当として是認することができる。若干ふえんして説明すると、本件事案の概要は、被告人は、1 櫻井が同人及び己喜蔵の昭和五七年分の不動産所得にかかる所得税の方策について苦慮していることを知り、その脱税を請け負うことにより謝礼を得ようと企て、櫻井及び己喜蔵の次女テル子と共謀のうえ、脱税の手段として本件とまつたくかかわりのない第三者を借主とする七億五〇〇〇万円の金銭消費貸借契約証書を偽造したうえ簡易裁判所を欺いて内容虚偽の即決和解を成立させるなどして己喜蔵分及び櫻井分の所得税合計約三億円をほ脱し、2 ほ脱後その収入金の使途からほ脱の事実が露見することを防ぐため、櫻井及びテル子と共謀のうえ、テル子らが被告人から合計三億円を借り受けた旨内容虚偽の金銭消費貸借契約に基づく抵当証券特約付抵当権設定登記等の申請を司法書士に依頼して行ない、情を知らない登記官をして不動産登記簿にその旨不実の記載をさせ、これを備え付けさせて行使し、3 右脱税工作の謝礼としてテル子及び櫻井から合計一億五〇〇〇万円の収入を得ながらその収入にかかる昭和五八年分の所得税約五三〇〇〇万円をほ脱し、4 右1同様の方法により脱税工作を請け負うことにより謝礼を得ようと企て、本件とかかわりのない第三者を借主とする金銭消費貸借契約証書二通を偽造・行使したという事案であつて、本件各所得税法違反のほ脱所得額の合計は三億五〇〇〇万円を超え、税ほ脱率も一〇〇パーセント(己喜蔵分)、約九七パーセント(櫻井分)、約九九パーセント(被告人分)と著しく高率である。また、己喜蔵、櫻井分の脱税については、その脱税の方法は第三者名義の金銭消費貸借契約証書を偽造したうえ簡易裁判所を欺いて内容虚偽の即決和解を成立させる等という巧妙かつ悪質なものであり、被告人はこの脱税工作を請け負うことにより一億五〇〇〇万円という巨額の利益を得ているのである。このほか、被告人は本件のすべての犯行について主導的な役割を果していること、2の公正証書原本不実記載・同行使の犯行については、更に登記にかかる抵当証券を売却して巨額の利益を得ることを目論んでいたことが窺われること、被告人はこれまでにも金融ブローカーとして金融仲介等にかかる私文書偽造・同行使、公正証書原本不実記載・同行使、詐欺等の犯罪を重ねて前科六犯を有し、累犯となる懲役五年の前刑の執行を受け終つてからわずか三か月後に本件犯行に及んでいること、国税局の査察を受けた後においても櫻井らと相謀り、金内秀夫に資金を与えて逃走させ、罪をかぶつて貰うよう画策するなど罪証隠滅工作をしていること、被告人には本件に対する反省の態度が乏しいことを考え合わせると、被告人の刑責は重大である。

そうすると、原判決後に被告人自身の脱税分のうち七一八万九九一八円が納付されているほか、東京国税局から差押えられている有限会社三立企画工業に対する債権につき債務者との間に和解が成立し、その分割支払金が税金納付にあてられる見込みであること等被告人に有利な諸事情を十分に考慮し、共犯者櫻井らとの量刑の権衡を考慮しても、被告人を懲役七年及び罰金二〇〇〇万円に処した原判決の量刑は、罰金額の点を含めて、重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条により当審における未決勾留日数中二五〇日を原判決の刑に算入することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 森岡茂 裁判官 小田健司)

昭和六〇年(う)第七六一号

控訴趣意書

被告人 三浦正久

右の者に対する有印私文書偽造等被告事件について弁護人は左の通り控訴の趣意を述べる。

昭和六〇年八月三一日

右弁護人 篠原由宏

東京高等裁判所

第一刑事部

御中

第一、原判決は、被告人の昭和五八年度分の所得にかかる所得税違反被告事件に関する部分については、被告人の同年度の雑所得及びこの控除項目としての経費又は雑損の事実の認定にあたり、左の通りの誤りがあり、右誤認は原判決の右事件に関する部分につき影響をおよぼすことが明らかであるからこの部分につき破棄を免れえない。

一、受取割引料について

原判決は、被告人が津島テル子所有の預金小切手を割引き、取得した割引料について昭和五八年三月三〇日、額面合計一億二万円の小切手二通を現金化した際受け取つた割引料は、日歩八厘の割引率で三日分として計算した二四二万円と認定する。その根拠は、被告人の昭和五九年一〇月四日付検面調書のみである。しかし、被告人は、公判廷では右調書と異り受取割引料は一日分約八二万円である旨供述している。他の割引料がいずれも一日分であることから考えて、被告人の右公判廷での供述の方が信用性があるといえる。

本件割引により津島テル子が受領したとする八千代信金久米川支店における入金額が右差引いた額を下回つていることについては、同女が右金員を被告人より受領するに際し、間に桜井恒雄が介在していることもあり必ずしも不自然とはいえない。

少なくとも、当該事実については充分に証拠調べがなされたとはいえないこと明らかである。

二、支払い手数料について

1. 原判決は、被告人が津島己喜蔵及び桜井恒雄の各昭和五七年度分の不動産譲渡にかかる所得税の脱税工作の仕事を仲介した大森誠造を被告人に紹介した河田信幸に支払つた手数料は八〇〇万円ではなく、三〇〇万円であると認定する。

被告人は、首尾一貫して右信幸への支払手数料は八〇〇万円である旨供述する。原判決の根拠は単に右信幸の供述のみであるが、同人の供述は後述のとおり信用性に欠けるものである。

2. 原判決は右信幸の公判廷での供述を根拠とする。同人の供述によれば被告人から受領した八〇〇万円の内三〇〇万円が本件手数料で残りの五〇〇万円は被告人の右信幸に対する貸金であり、これらは同人のマンシヨン購入代金にあてたことになる。

右信幸の右供述によれば、同人はマンシヨン購入にあたり右金額の他、自己資金として現金で六五〇万円位所持していたことになつている。真実そうであるならば、右信幸は六五〇万円もの現金がありながらマンシヨンを担保にしてまでも被告人に返済したことになり、又大阪屋から借金してまで被告人に返済し、その一方所持金六五〇万円を投じてマンシヨンを購入したことになり全く不自然である。そもそも通常六五〇万円もの現金を銀行にも預金せずに持ち歩くなどということはありえないことである。これは、被告人が右信幸のマンシヨン購入にあたつて五〇〇万円を新たに同人に貸付けたものであつて、マンシヨン購入時には被告人は右信幸に合計一〇〇〇万円を貸していたものである。

この点については、被告人が右信幸に対し提起した東京地方裁判所昭和六〇年(ワ)第四一九一号貸金請求事件において、右信幸自身、被告人に対する借金が一〇〇〇万円であることを確認しているところである。

又、右信幸は大阪屋から借りた合計五〇〇万円を被告人の貸金返済には使わなかつたものである。元来右五〇〇万円は被告人が右信幸にある時払の催促なしで借りたもので、事実上贈与したものであるから、右信幸が短期間のうちに真剣に五〇〇万円を返そうとするなどということはまことに不自然である。右信幸は被告人から借りていると不安だということで返済したものと言うが、その返済中にも八〇万円を追加で被告人から借りたとも述べておりそれ自体趣旨が一貫しておらず、これも又不自然である。更に右信幸は当時、サラ金等からも相当の借金があつて彼らから逃げていたことからしても、サラ金より先に被告人に五〇〇万円もの多額の返済を短期にしたとは到底考えられない。右信幸は昭和五九年一〇月に株式会社東宝から更に五〇〇万円を借金しており、マンシヨン担保だけでも合計一一五〇万円の借金となつているのであるから、右信幸には被告人他に返済をするような能力がまつたくなかつたものであつて、被告人には一円も返済していないものである。

3. 仮に、右信幸に対する手数料が三〇〇万円とすれば、大森誠造に対する支払手数料が七〇〇万円であつたこと、桜井の大森に対する支払手数料が一九五〇万円であつたこと、又、河田エイに贈与した金額が二二〇〇万円であつたことと比較すれば右信幸の三〇〇万円はあまりにも少額というべきでそれ自体信用できないものである。

4. 右信幸が公判廷で右のごとく嘘をついたのは、右信幸としては、受取手数料を少なくして借金を多くした方が所得金額が少なくなり、自分自身の税務対策上有利であり、かつ、被告人から恩を着せられることがないこと、更に、右信幸は被告人に対し反感を抱いていること等の事情よりのものである。

三、その他の経費について

原判決は、被告人が(一)桜井恒雄に対し昭和五八年中に油絵等の贈り物をしたり、同人を銀座のクラブ等で接待したりして支出した合計四二〇万円、(二)昭和五八年八月に被告人の事務所の転居及び家具備品等の購入の費用として支出した合計一三七万円を(一)については、もつぱら個人的な贈答品及び遊興飲食であり、(二)についても被告人の生活上の出費であるとして、必要経費とは認めなかつた。

しかしながら、右桜井への油絵(時価一〇万円)の贈呈、同人及びその妻へのネツクレス等(時価合計八〇万円)の贈呈、同人との飲食(合計三二〇万円)、同人の妹の新築祝(一〇万円)はいずれも被告人が右桜井より多額の報酬をもらつたお礼ないし儀礼として出費したものであるから、その全てを被告人個人の贈答品及び遊興飲食ということはできないものである。それらはむしろ、接待交際費ないし雑費等の経費と認めるべきものである。又、被告人の行つた本件脱税工作は、昭和五九年三月一五日の確定申告のみもつて終了するものではなく、むしろその後に予想される税務調査等の対策こそ必要となるのであるから、被告人が事務所を構え、家具備品等を購入して事務所の体制を整えることは本件脱税工作においては必要なことであつたもので、単純に、被告人個人の住居変更ないしは維持に伴う生活上の出費ということはできないものである。

四、貸金債権等の貸倒れ等について

1. 原判決は、被告人が(一)河田信幸に対して貸付けた一〇〇万円、(二)同人が西新宿物産株式会社に対する六五〇万円の貸金債権、被告人の昭和五九年一二月二七日付目黒税務署長宛異議申立補正申立書添付の一覧表(其の1)(以下単に一覧表という)番号一、同四、同六及び七、同九ないし一三、同一八の各債権合計一七八二万九八四八円は、いずれも関係証拠からはむしろその回収不能が明らかにもかかわらず、昭和五八年度分の資産損失としての必要経費算入を認めなかつたものである。

2. 河田信幸に対する貸付について

被告人の右信幸に対する貸付金額が五〇〇万円ではなく一〇〇〇万円であつたことは前記二、2.に述べたとおりである。この点に関する右信幸が、公判廷で供述したことが虚偽であることは、後に同人自ら認めるとこである。

更に、昭和五八年当時、右信幸は被告人のみならず他にサラ金等からも多額の借金をしており、これら借金から逃げ回つていたこと、右信幸の唯一の資産たる同人のマンシヨンは合計一一五〇万円の借金の担保となつていたこと等から、右信幸が被告人に右一〇〇〇万円の借金を返済する能力が全くなかつたことは明らかである。

3. 西新宿物産株式会社に対する貸金債権について

原判決は、被告人の西新宿物産株式会社に対する、債権額を合計六八七〇万円としたうえ、同社が昭和五八年七月一三日頃不渡手形を出して営業を停止する状態になつたため、以後同社に対する債権の回収が困難な状況になつたことを認定しながら、昭和五九年五月三一日に内容証明郵便物として督促状を発して弁済を催告しており、右時点においてもなお被告人が所論の債権を取立てようとしていたこと、被告人と同社代表者との関係、被告人の同社に対する関与の状況、右貸金の性質に照らし昭和五八年中において全く回収不能も状態に陥つたとは認められないとする。

しかしながら、少なくとも、会社が不渡手形を出せば、その事実だけで法人税基本通達九-六-五の(1)のホにより債権額五〇%を債権償却特別勘定を設定して損金処理できるはずである。西新宿物産株式会社は、昭和五八年において既に不渡手形を出したばかりでなく、営業を停止し、負債総額は約八千万円にのぼり、同社には資産はなく、事実上の倒産となつていたことは明らかであり、従つて、動機が六八七〇万円もの借金を被告人に返済できる能力がないことも客観的に明らかである。

被告人が同社の代表者との個人的な関係を利用する等して後日に至るまで債権取立に努力したとしても同社の客観的支払能力に変化があるわけではない。原判決のごとき理屈でいけば、一円でも回収できる内は、損金処理ができないことになり、まことに不合理といわざるを得ない。

なお、東京国税局の差押には、西新宿物産株式会社への貸金債権は含まれていないが、これは国税局側自身が右貸金の財産的価値はないと認めたからにほかならない。

4. 一覧表記載の各債権について

(1) 原判決は、一覧表記載の各債権は、その発生原因として被告人の主張するものが古くかつ特殊なものであり、適確な証拠も存しないので、民事判決等によつて確定した金額を超える部分については被告人が債権を有するとは認められないとして、いずれもその貸倒を否認する。原判決は、被告人の提出した民事判決書、和解調書、支払命令書等について何ら吟味することなく、又、これら被告人提出の証拠を積極に否定するに足る確たる証拠もないにもかかわらず左の通りの事実を無視し、これらについて充分の審理を尽すことなく、被告人に対する予断と偏見により一方的右のように断定しているものである。

(2) 一覧表番号一について

被告人は、株式会社高原牧場に対する債権につき訴を提起したが、被告人が同社に対する請求を一部請求にしたのも、同社から債権回収が事実上困難とみて、訴訟費用を節約したからにすぎない。このようなことは訴訟上よくみられることである。被告人は、昭和五八年一月二七日判決をもつて確定した額二〇万円について動産執行(動産以外に不動産、債権等執行すべきものはもはや何もなかつた)するも結局一円も回収できなかつたものである。右のとおり動産執行しても回収できないということはもはや社会的には完全な回収不能であること明らかである。

右のような事情であるから、二〇万円を含めた金額一〇〇万円について回収不能とするのは当然である。

(3) 一覧表番号四について

被告人の尾崎恭彦に対する債権は、債務者である同人が昭和五五年九月一一日死亡し、相続人である彦坂克典に続き、同彦坂悦子の相続放棄の申述が昭和五六年五月一八日に家庭裁判所で受理されたことにより全相続人が相続を放棄し、法律的には右時点で債務を承継する者がいなくなつたものであるが、被告人にはその点の確認はできていなかつたものであり、事実上の確認ができたのは、昭和五八年に至つてからであるから、同人としては同年度でしか損金処理はしえなかつたものである。

(4) 一覧表番号六について

原判決が、被告人の太洋ラジカル株式会社に対する債権(昭和五二年五月二日浜松簡易裁判所において調停成立)は、その後債権による代物弁済がなされたことによつて消滅したと認定することに疑問はあるが、仮に、そうであるとして、原判決の認定に従いこの代物弁済として譲渡された右債権が不履行となつたことにより、これを不法行為に基づく損害賠償を請求原因とする債権とするものが一覧表番号一三の株式会社アコスインターナシヨナルに対する債権(太洋ラジカル株式会社が山和通商株式会社と商号を変え、更に株式会社アコスインターナシヨナルと商号を変えたもの)になるとしても、被告人は、右債権を取り立てるべく、昭和五六年に至り前記のとおり太洋ラジカル株式会社の商号変更後の会社等を相手取つて訴訟を提起し、昭和五七年二月二二日に一部勝訴の判決を取得し、その後一五〇〇万円について強制執行を行い、その回収に努力したが、結局回収はできなかつた。この回収不能となつたのは昭和五八年に至つてであるから、同年度の損金処理とすべきことは当然である。

(5) 一覧表番号七、一二について

被告人の丸藤興業株式会社及び櫛引藤司に対する債権四五万円並びに株式会社丸富及び菊池正敏に対する債権三〇〇万円と、中野雅央の青野勘一に対する債権は全く別個であり、右中野が長田政俊に五〇〇万円を交付したことが、被告人の右二債権の消滅とならないこと明らかである。(この点に関する原判決は明らかに事実の認定を誤つているのである。)

右二債権が、昭和五八年中に各回収不能になつたのであるから、同年後の損金処理すべきこと明らかである。

(6) 一覧表番号九について

被告人の長島士朗に対する債権三八〇万円は、昭和五六年から昭和五七年にかけてわずかに一三万円しか回収できず、残高三五二万円について強制執行するもその回収は不能であつたもので、昭和五八年には社会的にもはや回収不能というにいたつたというべきこと明らかである。

(7) 一覧表番号一〇及び一一について

被告人の田島勇次に対する各債権の合計額四六〇万円はその内、昭和五六年から昭和五七年にかけてわずかに三四〇、一五二円を回収したに止まり残額未払のままとなり、これは前項と同様昭和五八年には社会的に回収不能となつたものである。

第二、原判決は、刑の量定が著しく過酷に過ぎ、甚しく不当であるから、破棄を免れえない。

一、被告人は原判決において懲役七年罰金二千万円を宣告された。然るに相被告人は分離審において左のとおり津島テル子は懲役一年二月執行猶予三年、罰金三千万円、桜井恒雄は懲役一年八月(実刑)、罰金三千万円の宣告を受けた。相被告人両名は、現在これを不服として各控訴中である。

ところで、右桜井は本件脱税工作の主犯的立場にあり、又、本件脱税工作は、右桜井らから被告人に対し執拗な依頼があつたことによるもので、被告人としてやむなくこれに加担したにすぎないものである。

二、又、被告人自身の脱税については、仮りに相当額の脱税額が存在しているとしても、左のとおり被告人の債権が国税当局により差押られており、これらの執行が完了すれば、右脱税額は全額弁済されることは明らかである。

1 (有)三立企画工業 二五〇〇万円

2 村上秀治 六〇〇万円

3 吉田安毅 九〇〇万円

4 滝沢十三作 一五〇万円

5 三菱銀行野方支店 三八七、一九〇円

6 三菱銀行目黒支店 三二、三二二円

7 第一勧業銀行 四、三二五円

8 三井銀行 六〇、一七一円

9 住友銀行 二、〇六二円

10 城南信用金庫 三二、〇七〇円

合計 四二、〇一八、一四〇円

その一方で右桜井と右津島の二人共、税金は未だ全く支払つていないのである。にもかかわらず、原判決は右津島には執行猶予を付し、右桜井は一年八月とまことに軽い刑にしている。右相被告人らは初犯者であり、被告人が再犯者で累犯加重刑されるのはやむを得ないとしても、同一犯罪で主犯でもない被告人に対し、主犯格の右桜井の実に四倍以上にあたる七年の実刑に処せられたことは右相被告人らの量刑と比較して被告人の場合は酷に過ぎ、刑の衝量上、甚だ加重であると思料される。

三、然も、右桜井の場合は脱税額が一億四千余万円に対し、罰金は三千万円であるのに、被告人は、その脱税額はわずかに五千三百万円余であり、然も前記の如く差押えにより事実上の納税がされている実情であるにも拘らず罰金二千万円の刑は、一見して均衝を欠いた判決であることは明らかである。

四、更に、被告人は右津島らに対し、本件脱税工作の失敗したことにより受領した報酬のうち金七五〇〇万円を返すことにしており、又同人は、公判廷において、本件の様なことを二度と起さないことを堅く誓い、出所後は内縁の妻杉原といつしよに真面目な生活を送ろうと決心している旨明言している。杉原も、公判廷において、被告人の右決意を理解し、被告人の出所まで待つことを誓つている。又、被告人はかなりの特許権を所有しており、特許を生かして行けば真面目な生活を送れることは充分に予想できるのである。したがつて、被告人には再犯の虞はまつたくないものである。にもかかわらず、原判決は、これらの点をまつたく斟酌することもなく右の量刑となつたもので、まことに過酷不当な判決といわざるをえない。

第三、原判決が量刑の事情の中で認定した事実に左のとおり明らかな誤りがあり、この点は被告人の量刑に少なからぬ影響があるもので、原判決の破棄は免れない。

一、被告人が桜井恒雄と津島テル子外四名との東京地方裁判所における民事訴訟上の和解(事件番号昭和五八年(ワ)第八六八二号)により、右桜井、右津島らから各二〇〇万円合計四〇〇万円を受領するに至つた事につき、原判決はその判示第一の(三)の不実登記を抹消するにつき、和解金名下とはいえ右津島らから四〇〇万円を受け取るなど真に反省して事実を認めたものとするには理解し難い行動が顕著であると認定している。それは明らかな事実誤認である。右和解に至つた経過とその背景には左の通りの事情があつたものである。

二、1. 本件和解金四〇〇万円の内訳は右桜井の方から二〇〇万円と右津島の方から二〇〇万円を各受取つたものであるが、本件和解金はその本訴たる不実抵当権設定登記の抹消とは無関係に左のとおり別の債権の充当金としての意味で受取つたものである。

2. 被告人は、当時右桜井に対し、登記料、飲食代等の立替金が少なくとも、三五五万円はあつたものであり、又右津島らに対しても、本件で問題となつた亡津島己善蔵名義の不動産の調査及び鑑定の資料のための現場写真作成代等の他本件脱税工作にあたり、被告人が右津島らのために支払つた各種の経費の立替金が多額あつたものである。

3. 右津島ら及び右桜井と被告人とは、本件和解において、右不実登記の抹消に同意すること、並びに当事者間に債権債務がないことの確認をすることに合わせて前項の各立替金を精算したにすぎない。

4. 従つて、被告人が右津島らと右桜井から和解金を受領することはそれなりに理由があつたことであり、この事実をもつて被告人に本件につき反省がないとすることは、原判決の被告人に対する偏見に基く独断といわざるをいない。

第四、以上のとおり、原判決は審理を充分に尽さぬまま被告人に対する一方的偏見により誤つた事実認定を行い、この誤つた事実認定に基き、不当に重い量刑を下したものであつて、その破棄は免れないところである。

以上

昭和六〇年(ウ)第七六一号

補充書

被告人 三浦正久

右の者に対する有印私文書偽造等被告事件につき、先に提出した控訴趣意書を左記の通り補充する。

昭和六〇年一〇月二五日

右弁護人弁護士 篠原由宏

東京高等裁判所

第一刑事部 御中

第一、原判決は審理不尽、法令違反は法令解釈適用の誤りがある。

一、税法上収入金額は、その年において収入された金額である。(所得税法三六条)又、同収入金額を得るために直接要した費用の額及び、これらの所得を生ずべき業務について生じた費用は必要経費として収入金額から控除できる。(同法三七条)更に、同収入金額の内返還すべきこととなつた金額も当該所得の金額の計算上なかつたものとみなされる。(同法六四条一項)

二、ところで、被告人が昭和五八年度に所得として、津島てる子より受領したとする本件土地に関する相続税を脱税する相談の報酬金一億五千万円について、その受領当初の性格は、実質預り金であつたと考えられる。

けだし、同金額の内には脱税工作のための調査費用、工作費用、河田エイ、河田信幸に対する口止め料等のいわゆる必要経費が含まれていたからである。そもそも、当時被告人と右津島の間には明確な報酬の合意は成立していなかつたもので、その時点では被告の収入としては計上しえないはずなのである。被告人としては、右津島との間で右諸経費を精算の上報酬額につき少なくとも黙示により合意すべきところでであつた。その合意の成立時期は昭和五八年度か否か判然としない。

原判決は右の点について充分審理することなく、右金額全額について、被告人の昭和五八年度の報酬とし、原審において、被告人が主張した右収入金額を得るための必要経費としての諸立替金を全て認めなかつたもので明らかに違法である。

三、仮令、右金一億五千万円が全て被告人の報酬となるとしても、再三これまで述べて来たとおり原判決にはその控除項目たる必要経費及び通算すべき損失の認定につき明らかな誤りがある。

原判決は、前述の通り、必要経費を全く認めなかつたし、後述のとおり本件被告人の所得に通算すべき損失の内証券売買損は認めたものの、その他の貸倒れ額は充分な審理を尽すことなく全て認めなかつたもので明らかに違法である。

四、又、被告人は本件犯行の発覚により初期の脱税の目的を達しなかつたので、その報酬の一部を右津島に返すこととになつた。この金額は当該所得からなかつたものとみなされる額になるはずである。

この点についても、原判決は充分に審理を尽さず、前記税法の適用、運用を誤つた違法がある。

第二、被告人の総所得金額を計算する場合において、相当回数の証券の売買による損失や貸金の貸倒れについて事業所得の金額の計算上生じた損失として右被告人の所得金額から控除することができるはずである。(同法六九条一項)

原判決は、右証券の売買損失を認めたものの貸倒れは全て認めなかつた。貸倒損の判定にあたつては、法的に回収不能に至るまで必要になく客観的に社会通念上、回収不能となればよいことは、判例(最判昭和四九年三月八日民集二八・二・一八六)も認めるとことである。

しかしながら、原判決は事実上倒産が明らかな場合、あるいは支払不能に応じ、一部請求の和解をしたものに限らず、被告人が判決による執行不能を証明してもなお回収可能性があるとして一方的に貸倒れを認めなかつたのは明らかに違法である。

第三、以上のとおり被告人の総収入金額の減額とその控除項目の金額の増大は明らかであり、これにより計算される脱税額も大幅に違つてくるはずであり、右の諸点は判決に影響すること明らかに違法である。

以上

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